沈丁花の香りとコミュニケーション

<クマ:自分の生い立ちを調べているクマムシ>

<Koby:一緒に調査している科学オタク>



Koby:2月も過ぎると春が待ち遠しくなるの。とくに、沈丁花のかおりは春の訪れを最初に教えてくれるもので、気持ちがウキウキする記憶につながっている人も多いんではないか。というわけで、今回は沈丁花の香りと、香り(臭覚)に関する調査を行ってみた。

クマ:そうだね、冬から春へ切り替わるサインとして、沈丁花の香りは好きだね。


Koby:香り(臭覚)に関するメカニズムの研究は、どちらかというとあまり進んでいなかったんじゃ。つまり、香水としてのにおい成分の分析は、ビジネス的にも有効じゃが、香りを感じるメカニズムはビジネスになりづらかったということかの。

 さて、この臭覚のメカニズムを一気に解明に持ち込んだのが、1991年にノーベル章を受賞した、コロンビア大学のリチャード・アクセル博士と、シアトルにあるフレッド・ハッチンソン・ガン研究センターのリンダ・B・バック博士じゃ。
 両博士は、鼻のなかにある、においを識別するタンパク質の実態を明らかにし、これらのタンパク質がにおいの情報をどのように脳に送るかを追跡し、鼻のなかにある、さまざまなにおいを感じるタンパク質――「受容体」と呼ばれる――を発現させる数多くの遺伝子を発見したんじゃ。

 下に、人の五感の比較を示すが、臭覚の他の五感と大きく違う点は、その感じる香りの種類の多さに対応する受容体の多さなんじゃ。
 味覚の場合は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つで受容体を構成するのに対して、香りの場合は、数百種類のにおい受容体がそれぞれ別のにおい分子を検知し、脳は、どの受容体が活性化したかという情報を受け取り、そのパターンをにおいとして解釈するんじゃ。

 すなわち、感じることのできる種類が味覚に比較して数段多いという点じゃ。

そもそも、生物が進化の過程で種々のコミュニケーションを行おうとした時に、視覚、味覚、臭覚のなかで、一番多く情報量を発信できるものが、まず臭覚じゃたんじゃ。

 そういう訳で、動物では臭覚がコミュニケーションの大きな部分を支配している。オオカミとか犬も、優れた嗅覚でコミュニケーションを行っていることが知られている。
 当然、動物から進化したヒトも臭覚をコミュニケーションの観点から少しは利用できるが、進化の過程で、それ以外のコミュニケーション方法(言語など)が発達したので、臭覚へのコミュニケーションに対する依存性が薄れてきたんだろう。

クマ:なるほど。けど、そういう意味で香りのコミュニケーションは本能的なところで、ヒトでも活躍している気がするね。例えば、女性や男性の魅力性を判別するときなんか、自然に香りを意識しているような気がすると、人間の友達が言っていたことがあるよ。

Koby:同感。
 さて、沈丁花の香りに戻って調査結果を報告しよう。
沈丁花の香りは、香り成分としては多数の研究者によって分析され、主成分はリナロール (linalool,分子式 C10H18O)とわかっている。
ところが、香り成分のおもしろいところで、同じリナロールでありながら、光学異性体(鏡を写したように左右逆の構造が違う分子)で、香りの感じ方が違うところなんだ。
つまり、香りを伝達できる物質は揮発性じゃないとダメなので、そういう意味では限られている。
光学異性体の違いまでも香りの違いとして、利用したところに臭覚コミュニケーションの奥深さが感じられる。ちなみに、沈丁花の香り成分はdextro-rotatory(右旋性)リナロール(d-linalool)で、それと左右逆のlevo-rotatory(左旋性)リナロール(l-linalool)はラベンダー、ベルガモットなどの香り成分ということじゃ。


臭覚・味覚・視覚の比較
臭覚/味覚/視覚認識のメカニズム基本因子
臭覚数百種類のにおい受容体がそれぞれ別のにおい分子を検知し活性化、脳は、どの受容体が活性化したかという情報を受け取り、そのパターンをにおいとして解釈分子量20〜400程度の物質が多く種類も約40万種以上存在し化学構造も多種多様
味覚甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが受容体を介して膜電位の活性化を引き起こしている5種類
視覚赤、緑、青の3原色を感じる視覚細胞が存在し、それぞれの感じ取った赤、緑、青の強度比から多くの種類の色が感じらる3〜4種類




参考文献

現代化学H16−12月号
匂い受容体遺伝子の発見:香りを感じる嗅覚の全貌解明への手がかり
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biological-chemistry/touhara/essay4.html


Food Analysis Technology Center SUNATEC
においの豆知識 (1)「におい」の世界とその化学
http://www.mac.or.jp/mail/091101/04.shtml